東京高等裁判所 平成11年(行ケ)218号 判決 2000年2月28日
原告
【A】
訴訟代理人弁理士
【B】
被告
特許庁長官【C】
指定代理人
【D】
同
【E】
主文
特許庁が、平成9年審判第19453号事件について、平成11年5月21日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた判決
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成7年12月18日、「BOTTLE FLOWER」の欧文字と「ボトルフラワー」の横書き片仮名文字とを2段に併記してなる商標(以下「本願商標」という。)につき、指定商品を商標法施行令別表による第31類「ドライフラワー」として商標登録出願をした(商願平7ー131179号)が、平成9年9月8日に拒絶査定を受けたので、同年11月17日、これに対する不服の審判を請求した。
特許庁は、同審判請求を平成9年審判第19453号事件として審理したうえ、平成11年5月21日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年6月16日、原告に送達された。
2 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願商標が、自他商品識別標識として機能し得ないから、商標法3条1項3号に該当するとした。
第3原告主張の審決取消事由の要点
審決は、職権証拠調べの結果の通知及び意見を述べる機会の付与を怠る手続違背があり(取消事由1)、また、事実認定を誤った(取消事由2)結果、本願商標が、自他商品識別標識として機能し得ないとの結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 取消事由1(職権証拠調べの結果の通知等の懈怠)
本件審判手続においては、朝日新聞1998年5月12日朝刊福岡版の記事(乙第1号証、以下「引用記事1」という。)、同新聞1997年9月14日朝刊京都版の記事(乙第2号証、以下「引用記事2」という。)及び同新聞1995年9月30日朝刊岡山版の記事(乙第3号証、以下「引用記事3」という。)の各記載内容について職権による証拠調べが行われ、審決は、該職権証拠調べによって認定した事実のみに基づいて、本願商標が、自他商品識別標識として機能し得ないと判断したものである。
しかるところ、商標法56条1項、特許法150条5項によれば、審判長は、職権証拠調べをしたときは、その結果を当事者等に通知し、相当の期間を指定して、意見を申し立てる機会を与えなければならないとされているが、上記職権証拠調べについては、審判請求人である原告に対し、その結果の通知及び意見を申し立てる機会の付与がなされなかったから、審決には、結論に影響を及ぼすべき手続違背がある。
2 取消事由2(事実誤認)
(1) 審決は、引用記事1によって、「ボトルフラワー」の語が「加工した花を瓶に詰めたもの」(審決書2頁16~17行)との意味で用いられているとの事実を認定したものであるが、引用記事1においては、「ボトルフラワー」がそのような意味のある語として用いられておらず、直接的な意味のない造語として使用されている。
このことは、引用記事1に記載された中西ばら香園が、「ラビアンローズ」及び「ボトルフラワー」の各横書き片仮名文字を2段に併記してなる商標につき商標登録出願をしたことによっても明らかである。該商標登録出願に対しては拒絶査定がなされたが、「ボトルフラワー」の語に自他商品識別力がないと判断されたことによるものではない。
(2) 審決は、引用記事2によって、「ボトルフラワー」の語が「ペットボトルを組み合わせて花が咲く様子を再現して見せること」(審決書2頁17~18行)の意味で用いられているとの、また、引用記事3によって、「ボトルフラワー」の語が「バイオ技術を使って、瓶の中でサボテン、オリヅルラン、ポトス、ドラセナ等を栽培すること」(同頁18~19行)の意味で用いられているとの各事実を認定したものであるが、これらの事実は、「ボトルフラワー」の語が「瓶に入った花(ドライフラワー)」とは別の意味で用いられていることを示すものである。
(3) したがって、審決が、上記引用記事1~3で認定した事実に基づき、「本願商標を、その指定商品に使用しても、これに接する需要者は『瓶に入った花(ドライフラワー)』の意としての商品の品質を表示したと認識、把握するに止まると認められ、自他商品の識別標識として機能し得ないものといわざるを得ないものである。」(審決書2頁23行~3頁1行)と認定・判断したことは誤りである。
第4被告の反論の要点
審決の認定・判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。
1 取消事由1(職権証拠調べの結果の通知等の懈怠)について後記2のとおり、本願商標は、その構成文字より生じる意味、意味合いと、瓶の中で帆船などを組み立てた手工芸品を「ボトル・シップ(bottle ship)」といっている事実とから、商品の品質・用途を表示するにすぎないものと認められるものである。
審決は、引用記事1~3によって結論を導いたものではなく、巷間「ボトルフラワー」といえば、引用記事1~3に記載されているように理解、認識されるものとしてこれを例示したものである。このような例示することを目的とする調査の対象である新聞記事までも、審判請求人に通知して、意見を述べる機会を与えなければならないとすれば、いたずらに審理の遅延を招くことになるから、引用記事1~3についての調査は、それを審判請求人に通知して、意見を述べる機会を与えなければならないものには該当しない。
2 取消事由2(事実誤認)について
(1) 引用記事1には、「加工した花を瓶に詰めた、ボトルフラワー」との記載があり、この記載は、読者に、「加工した花を瓶に詰めたものをボトルフラワーという」との趣旨に理解されると見るのが自然である。
原告は、引用記事1において、「ボトルフラワー」が直接的な意味のない造語として使用されていると主張し、中西ばら香園により商標登録出願がされた事実をその根拠とする。しかしながら、該商標登録出願は、「ラビアンローズ」の文字部分が商標法4条1項11号等に該当するとして、拒絶査定がされたものであるが、「ボトルフラワー」の文字部分について、自他商品識別標識として機能し得るものと認定されたわけではないから、該商標登録出願がされたことが、上記原告主張を根拠付けるものではない。
(2) 審決の引用記事2についての認定は、ペットボトルを利用した花の作品までも「ボトルフラワー」と称している事実があることを、また、引用記事3についての認定は、バイオ技術を使って、瓶の中で花を咲かせたものを「ボトルフラワー」と称している事実があることを、それぞれ単に例示したにすぎず、これらの事実のみから、本願商標が自他商品識別標識として機能し得ないと判断したものではない。
(3) 本願商標のように、文字のみからなる商標が自他商品識別標識として機能し得るか否かは、商標より生じる意味及び意味合いと、その商標が使用される商品との関係において、一般の取引者・需要者がその商標により商品の出所を認識するかどうかによって判断すべきものである。
しかるところ、本願商標の構成文字である「BOTTLE」及び「ボトル」が「瓶」を、「FLOWER」及び「フラワー」が「花」を意味する語であることは容易に理解できるものであり、また、瓶の中で帆船などを組み立てた手工芸品を「ボトル・シップ(bottle ship)」といっている事実がある。このような意味と事実からしても、本願商標に接する取引者・需要者は、本願商標を、使用に係る商品「ドライフラワー」との関係上、該商品をボトル状容器に入れるものという商品の品質・用途を表示するものと理解、認識することは想像に難くないというべきである。
そして、上記(1)、(2)の引用記事1~3に係る認定は、「ボトル状容器」と「花」との関係から、それぞれ認定に係るようにいわれていると推認されるものである。
したがって、本願商標は、その指定商品に使用されたときは、商品の品質・用途を表示するにすぎないものといわざるを得ない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(職権証拠調べの結果の通知等の懈怠)について
(1) 別添審決書写し記載のとおり、審決は、「当審の判断」として、「 本願商標は、前記したとおりの構成よりなるものであるが、『ボトルフラワー』について、職権を持って(注、「職権を以て」の誤記と認められる。)調査すると、『加工した花を瓶に詰めたもの』、『ペットボトルを組み合わせて花が咲く様子を再現して見せること』、『バイオ技術を使って、瓶の中でサボテン、オリヅルラン、ポトス、ドラセナ等を栽培すること』等を、『ボトルフラワー』といって新聞に紹介されている事実がある(朝日新聞、1998年5月12日朝刊福岡版(注、引用記事1)。同新聞、1997年9月14日朝刊京都版(注、引用記事2)。同新聞、1995年9月30日朝刊、岡山版(注、引用記事3)。)。
そうすると、本願商標を、その指定商品に使用しても、これに接する需要者は『瓶に入った花(ドライフラワー)』の意としての商品の品質を表示したと認識、把握するに止まると認められ、自他商品の識別標識として機能し得ないものといわざるを得ないものである。
したがって、本願商標は、商標法第3条第1項第3号に該当するものとしてその出願を拒絶した原査定は、妥当であり、取り消す限りでない。」(審決書2頁15行~3頁4行)と認定・判断したものである。
しかるところ、引用記事1(乙第1号証)には「加工した花を瓶に詰めた、ボトルフラワー」との記載が、引用記事2(乙第2号証)には「ペットボトルを組み合わせて花が咲く様子を再現して見せる『ボトルフラワー』」との記載が、引用記事3(乙第3号証)には「県立川上農業高校の生徒たちが、八年間にわたって研究を続けてきた、バイオ技術を使った『ボトルフラワー』の研究」、「同高校では・・・『培養容器の中の植物がかわいい。観賞用にできないか。』とのアイデアから研究がスタートした。」、「ガラス瓶の中で映える植物はどんな種類か。・・・結局残ったのは、サボテン、オリヅルラン、ポトス、ドラセナなど数種類。」等の各記載がそれぞれあり、このことと、審決の前示説示の内容とに照らすと、審決が、引用記事1~3の記載事項によって、「ボトルフラワー」の語が、新聞記事において「加工した花を瓶に詰めたもの」、「ペットボトルを組み合わせて花が咲く様子を再現して見せること」、「バイオ技術を使って、瓶の中でサボテン、オリヅルラン、ポトス、ドラセナ等を栽培すること」等の意味で使用されている事実を職権を以て認定し、さらに、かかる事実のみに基づいて、本願商標をその指定商品に使用しても、これに接する需要者が「瓶に入った花(ドライフラワー)」の意としての商品の品質を表示したと認識、把握するに止まるとの事実を認定したうえで、該事実に基づき、本願商標が、自他商品の識別標識として機能し得ず、商標法3条1項3号に該当すると判断したものであること、すなわち、審判体は、引用記事1~3の記載事項につき職権で証拠調べを行い、その結果に基づいて認定した事実により、審決の結論を導いたものであることは明白である(その認定・判断の当否はしばらく措くこととする。)。
しかして、審判に関する証拠調べが職権でなされたときは、審判長は、商標法56条1項が準用する特許法150条5項により、該証拠調べの結果を審判請求人等に通知し、相当の期間を指定して、意見を申し立てる機会を与えなければならないところ、本件審判において、審判長が、引用記事1~3の記載事項についての職権による証拠調べの結果を審判請求人である原告に通知し、相当の期間を指定して、意見を申し立てる機会を与える手続を経なかったことは、被告において明らかに争わないところである。そして、この手続懈怠は審決の結論に影響を及ぼし得るものというべきである。
(2) 被告は、審決が、引用記事1~3によって結論を導いたものではなく、巷間「ボトルフラワー」といえば、引用記事1~3に記載されているように理解、認識されるものとしてこれを例示したものであって、このような例示することを目的とする調査は、それを審判請求人に通知して、意見を述べる機会を与えなければならないものに該当しないと主張するが、審決が、引用記事1~3の記載事項に基づいて認定した事実をその結論の基礎としたものであることは、前示のとおり、審決の説示に照らして明白である。したがって、仮に、被告の該主張が、引用記事1~3の記載事項によっては審決の結論を導き得ないとするものであれば、審決の認定・判断を自ら否定し、その適法性の主張立証を放棄することに他ならない。
なお、被告の主張に係る「例示」がいかなる趣旨であるのか、すなわち、審決においてどのような意義ないし機能を有するものとして主張されているのかは、必ずしも明確ではないが、「巷間『ボトルフラワー』といえば、引用記事1~3に記載されているように理解、認識されるものとしてこれを例示した」との主張に鑑みれば、被告の主張に沿うとしても、該「例示」は、少なくとも本願商標の指定商品の品質の認定と関係する事情としての意義を有するものと解されるところ、いかに間接的な事情であるにせよ、審決の結論に影響する事実の認定に係る職権による証拠調べについては、たとえ、これを「職権調査」といい替えようと、商標法56条1項が準用する特許法150条5項によって通知及び意見を述べる機会の付与を行わなければならないものと解され、したがって、例示を目的とする調査であるから、かかる通知及び意見を述べる機会の付与を行うべき対象とならないとの被告主張は、何らの根拠もないものといわざるを得ない。
2 以上のとおり、本件審判には、審決の結論に影響を及ぼし得る手続違背があるから、審決は違法というべく、原告の請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がある。
よって、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)